福田:私は化学を担当しているのですが、人によっては苦手意識を持っていたり、なかなか関心を持ちにくかったりします。小野さんはちなみにどうでしたか?
小野:そうですね、理系には少し苦手意識がありますね。
福田:興味を持てないと、なかなか勉強のモチベーションにもつながらないですよね。私は、少しでも楽しく化学に接してもらおうと、旧課程の教科書で、各都道府県の観光地や名産品のうち化学に関係するものを取り上げる「日本全国 旅して見つける化学」という特集を企画したんですよ。
小野:面白そうですね!私の出身は茨城県ですけど、どんな内容ですか?
福田:茨城といえば、水戸の納豆!納豆のネバネバの主な成分は、アミノ酸の一種であるグルタミン酸からできています。
武田:グルタミン酸って、旨味成分にも入っていますよね。
福田:そうです。旨味成分とネバネバの成分は似ているけれど、性質が全く違うのはとても不思議ですよね。こんな話から化学に少しでも興味を持ってもらえたらと、あの手この手を考えています。
栗原:そういった日常のものと化学の結びつきというのは、いつ考えているのですか?
福田:普段からですね。例えば、近年は災害に対する意識が高まり、色んな場所で災害支援に対応した自動販売機を見るようになりました。これには蓄電池が利用されていて、電池の仕組みを学ぶ単元に使えるなとか、目にするもので何か思いついたらすぐにスマホにメモしておくようにしています。
小野:そういったアイデアが、かなり溜まっているのですか?
福田:はい。そして教科書を編集する時には数年分のメモを見返して、使うものを検討しています。理科は身の回りの物事とつなげやすい学問だと思っているので、少しでも多くの生徒に理科の面白さに気付いてほしいですね。
栗原:学習指導要領でも、「なぜそれを学ぶのか?何に活かせるのか」を意識するよう示されていますね。数学でも、薬の効き目を数列で表す例が取り上げられています。また、高速道路で渋滞を回避するために確率を利用するなど、日常生活や社会の事象に関連した問題が大学入学共通テストで扱われることもあります。
福田:今度は小野さんのお話を聞かせてください。国語の題材ってどのように選んでいるのですか?
小野:教科書や教材によって色々なケースがありますが、例えば小説を取り上げる時に携わっている何人もの著者や編集者がそれぞれに候補を挙げることもあります。かなりの数になりますが、それに各自が目を通した上で、さまざまな面からみんなで検討して決めていますね。
福田:まるで文学賞の選考みたいですね。さまざまな面というと?
小野:例えば、とても良い題材だなと思っても、設問にできそうなポイントがあるかどうか、1冊全体のバランスがどうかといった視点がありますね。
福田:良い小説が、必ずしも良い教材になるわけではないのですね。
小野:そうですね。でも、高校生に読んでほしいものや、興味をもってもらえそうなものを選ぶよう心がけています。
武田:小野さんは国語便覧の作成にも携わっていましたよね?500ページの本を一から作成したと聞いていますが、こだわったポイントなどは?
小野:2017年に発行したのですが、新しい写真や情報を届けることには担当者全員で気を配りました。あとは、作家の写真はできるだけ笑顔のものを採用しているといったこだわりがあったりもします。
武田:確かに、私が見てきた文豪の硬い表情とは、イメージが違って新鮮に見えますね。
小野:はい。新しい情報というところでは、徒然草の作者・兼好法師は「吉田兼好」といわれることもありますが、吉田家の出自だということを疑う説が近年出されました。ちょうどタイミングよくこのことを紹介することができて、喜んでいただけました。
福田:へぇ、古文でもまだ新しい発見があるのですね。理科の場合は、日々入ってくる新しい情報は編集部内で共有し、教材に活かせるものはスピーディに取り入れるようにしています。
小野:私たちも専門家の先生方たちからもご教示いただきながら、これを伝えたら喜んで見てくれるだろうなという資料や情報を発掘する目を持てるようには、心がけていますね。
福田:確かに、編集者としてとても大事な目ですよね。
小野:数学の教科書は、1シリーズ増えて6シリーズになりましたよね。これほど多くのシリーズを出しているのは数研出版だけですが、どのようにしてラインアップが増えたのですか?
武田:およそ10年ごとに学習指導要領が改訂されますよね。学習指導要領で求められていることや学校における課題について考え抜いた結果、だんだん増えてきた、という経緯になります。
小野:難易度で分けていったということではないのですか?
武田:到達したい理解度の目標によって、記述を分けているところもありますが、時代の要請に応えて、という面が大きいですね。例えば、学校週5日制が実施された時には、限られた時間内に最大の学習効果が得られるよう、難易度も含めたラインアップ全体を見直しました。そして、「基礎・基本を定着させる」ことを目標とした「新 高校の数学」シリーズを新たに発行し、ラインアップを拡充しました。次の学習指導要領の改訂のときは、標準単位数は変わらないまま、「データの分析」や「整数の性質」など扱う内容が増えました。そこで、難しい内容まできっちり記述しているけれども、授業進度の確保も意識した教科書が必要と考え、「高等学校」シリーズの発行につながりました。
小野:それまであった教科書を改訂するのではなく、シリーズを追加していったのですか?
武田:もちろん、既存のシリーズも学習指導要領に合わせて、また先生方のご要望も意識して改訂しています。でも、すでに多くの学校でご使用いただいている教科書の記述をいきなり大きく変えると、お使い頂いている先生方にとって、かえって使いにくい教科書になってしまう恐れもあります。ですから、時代の要請に応えるようなかたちの新しい教科書は、新しいシリーズで具現化してきた、ということになるのです。
小野:それで、今回も新しく増えて6シリーズになったということですか。
武田:はい。今回の学習指導要領では、事象を数学的に解釈することや表現すること、問題解決の過程を振り返って考察を深めることなどが強く求められています。そこで新しいシリーズでは、「本質を深く学ぶ」ということを重視しました。問題が解けたとしても、本当にその数学的な本質を理解しているとは限りません。本当に理解しているとはどういうことか、それを追求した教科書になっています。
福田:6シリーズもあると、自社内で競合してしまうのではと思ってしまうのですが…。
武田:難易度だけの違いではなく、使い方、教え方によって選択肢を提案しているので、逆に相乗効果を得られていると感じています。
福田:栗原さんはチャート式数学の編集にずっと関わっていらっしゃいますよね。ベストセラーを維持するためには、何が重要なのですか?
栗原:およそ100年前に創刊されたチャート式が多くの支持を得られているのは、わかりやすさと、記述の厳密さに対する信頼があるからだと思います。いつの時代でもわかりやすさを追求しながら厳密性にこだわってつくってきたことが、信頼感、安心感につながっていると思います。
福田:そこは100年間、ブレることなく貫かれてきたのですね。
栗原:そうです。一方で柔軟に改善してきたからこそ、今があるとも言えます。多くの方に使っていただいているからこそ、お使いいただいている方からのご要望やご意見がたくさん集まります。それに柔軟に応じて改善してきたことが、今のチャート式に蓄積されています。
小野:チャート式にQRコードがついて、デジタルコンテンツが見られるようになったのも、大きな改善と言えますね。
栗原:そうですね。以前から別売りとしてあった解説動画を、今回(2022年4月発行)の課程から付属にしたのですが、それにはコロナ禍の影響もありました。
小野:えっ、コロナ禍ですか?
栗原:はい。コロナ禍における休校対応の際、生徒の自学に役立つICTコンテンツを提供してほしいと文部科学省から要請がありました。そこでチャート式の解説動画を期間限定で無料公開したのです。多くの方に活用していただき、感謝の言葉も多く寄せられました。この件があったことで、デジタルコンテンツが強く求められていることを実感し、より多くの人に届けたいと考えるようになったのです。
小野:なるほど、そんな経緯があったのですね。
栗原:別売りだった解説動画を書籍購入者が自由に使えるようにするという大きな方針変更にあたり、この出来事は大きく影響していますね。
武田:数研出版では編集者も直接先生方とお話しさせていただいて、さまざまなご意見を伺う機会を得ているから、それが改善の元になることはよくありますよね。
小野:はい、私も悩んだら先生方に聞いてみようと、よく話を伺わせてもらっています。
福田:実際に教壇に立っておられるからこそ、見えているものがありますからね。
武田:ええ。一方で、まだ顕在化されていない課題というものもあります。話をお伺いする中で、先生方もはっきりとは見えていない課題を発見して、教科書や教材などでどう解決していくかが、とても大切かなと感じています。
栗原:これまで以上に時代が急速に変わる中で、いち早く課題を発見することは、先生方や生徒たちと伴走し続けるための、大きなポイントかもしれませんね。